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 前述の出井一朗氏と同様に合唱の魅力に取り付かれた男がもう一人います。
 私の合唱との出会いは、昭和36年4月に新入社員として当事の丸善石油(株)に入社し、下津精油所内にあった中央研究所に配属されて後のことです。全くコーラスを知らなかった私をコーラスの虜にしたのは、研究所コーラス部の一先輩からの誘いの一言だったのです。もともと歌う事が嫌いではなかった私は誘われるままに、ある日の昼休みに練習場へ足を運び「何、これは・・。!」とハーモニーの響きにびっくりさせられました。一人では絶対に出来ない事が、複数の人が集まって歌えば、こんなにすばらしい歌(ハーモニー)になるのだ・・・と言う事を強烈に知らされ魅了されたことを鮮明に記憶しています。
 コーラス部に入部してから後は、昼休みには早々に昼食を済ませて本館事務所3階の練習場に駆け込みます。遠く現場事務所や試験課からもコーラス好きの仲間が三々五々に集まってきます。混声合唱だったので唄好きの美しい彼女達も早目の昼食を済ませてやって来ます。彼女達の美しい声と笑顔を見るのも実は楽しみの一つでした。年2回の社内発表会とクリスマス会それに本社と合同での合唱コンクールへの出場が日頃の練習成果を披露するチャンスであり、やり甲斐でもありました。特に合唱コンクールへの出場の為、まだ煙りを吐いて走る蒸気機関車の紀勢本線に乗って、下津から大阪本社まで練習に出掛けた想い出は、今も忘れる事は出来ません。50数名の大混声合唱団の迫力と重奏なハーモニーには何とも言えない魅力を感じました。また、練習を終えての帰りの列車の旅がまたまた楽しみの一つでした。今から思い返せば、何と言っても若かったのですね。朝早くから出掛けて、半日以上の精一杯の練習を終えて下津に帰ってくるのは、もう夜も更ける頃となっていました。
 精油所には毎年4月になると多くの男子新入社員が配属されてきます。中には大学のグリークラブ経験者や高校時代に合唱を経験した者がおり、年々の男子部員の増員に伴い是非とも男声合唱もやりたい・・・との声が高まり、混声合唱と共に男声合唱も始める事になりました。その後昭和39年5月には本社との合同で約40余名の男声合唱団として、はじめて産業人合唱コンクールに出場するまでになりました。
 もう一つ忘れてはならない事があります。当時は経済成長が著しく会社も発展途上にあり、各地に新しい事業所が出来る度に、コーラス部からも転勤者が頻繁に出るようになりました。その都度コーラス部有志が下津駅まで見送りに出向き、列車の発車直前に送別の唄「神ともにいまして、行く道をまもり・・・」を合唱します。列車内の乗客がびっくりして窓から乗り出して、この情景を見詰めていたシーンを思い出します。下津駅ではすっかり恒例の行事として公認され、転勤者が出る度にコーラスと吹奏楽が演奏される名物駅となっていました。
 こうして築かれた絆は誰が語るとも無く、各々の心の片隅に仕舞われており、全国各地においてその話題になれば共通の想い出、絆として話しに花が咲き、旧交を温める礎となっているものと確信しています。


 中央研究所が幸手に移転する前年の昭和43年7月に私は下津を離れて松山研究室(松山精油所内)勤務となり、同時に松山精油所合唱団に入団させて頂き、合唱を続ける事が出来ました。松山に勤務した約10年間に計7回も四国代表として全日本合唱コンクールに出場するという貴重な体験をさせて頂きました。
 このコンクールには高校、大学、一般、職場の部の4部門があり、私達は職場の部として出場しました。当時、職場の部で常に上位を占めていたのは大和銀行、三菱銀行葵、北海道拓殖銀行合唱団と当時の世相を反映するように銀行関係が圧倒的な力を誇っていた様に記憶しています。
 その後、営業関係の仕事で東京、高松、仙台と渡り歩いている間は、すっかりコーラスから遠ざかっていましたが、定年退職を迎える数年前から定住する様になった松戸市で、縁あって東葛男声合唱団に入団して現在も現役で活動中です。この合唱団は、ほとんどのメンバーが私と同様に、若かりし頃に合唱の魅力に取り付かれ、定年を迎える前後の頃から再び合唱を再開した人達の集団で、平均年齢は約70歳強です。第一線を退いて自分の時間が持てる様になり、どうしてももう一度コーラスをやってみたい・・・との強い思いを持ったメンバーの集まりで、毎月各週の火曜日に約2時間半の練習を楽しんでいます。地元松戸市の合唱祭に参加したり、各種イベントに協賛する傍ら今年9月17日には念願の第2回演奏会を松戸市森のホール21で開催する事が出来ました。交遊会仲間や地元サークル仲間が大勢聴きに来てくれました。
 幾ら歳を重ねても魅せられたコーラスの森から抜け出られそうにありません。恐らく足腰が立たなくなっても、声が出る限りこの森から抜け出る事はないでしょう!  


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